疾病の原因は外部環境(六邪)だけでなく、人間の内なる精神活動にも求められます。この内因の核心こそが「七情(しちじょう)」です。七情がどのようにして人体の恒常性を乱し、五臓六腑に損傷を与えるのか、その病理メカニズムを解説します。
1. 七情の定義と内因としての病理
1.1. 七情の構成と原則
東洋医学では、人間の基本的な感情を以下の七情として分類します 。
- 怒(怒る)
- 喜(喜ぶ)
- 悲(悲しむ)
- 憂(憂える)
- 恐(恐れる)
- 驚(驚く)
- 思(思う、考える)
これら七情は、もともとはごく普通の感情の動きであり、通常であれば、体がすぐに調節できるため病気の原因とはなりません 。
1.2. 病因への変化:過度と長期化
七情が病気の原因(内因)となるのは、以下の二つの条件を満たしたときです 。
- 感情の動きがあまりに大きかった場合(例:大きなショック、激怒) 。
- 感情の動きが長期間にわたって続いた場合(例:長期間の憂鬱、小さなストレスの蓄積) 。
これらの異常な情動は、身体が自己調節できる範囲を超え、最終的に気や血の循環、そして感情と深いつながりを持つ臓腑(ぞうふ)を損傷し、その機能不全を引き起こします 。この病態を内傷(ないしょう)と呼びます。
2. 七情の異常と五臓への影響メカニズム
七情は五行説に基づいて五臓と深く結びついており、特定の感情の異常は特定の臓腑に集中的な損傷を与えます。
2.1. 怒(いかり)と肝(かん):気の逆流と上衝
怒りの感情が過度に強まったり持続したりすると、肝(かん)を損傷します 。
- 肝の機能: 肝は疏泄機能(そせつきのう)、すなわち「気の運行をスムーズにする働き」を持っています 。
- 病理: 肝が傷つくと疏泄機能がうまくいかなくなり、気が滞るか、あるいは気が上方に上がりすぎて停滞します(気の逆流・上衝) 。気がめぐらなければ、血もめぐりません 。
- 症状: 怒って頭に血がのぼり顔面が赤くなる、ひどい場合には脳の血管が破れる(脳卒中)といった状態は、この肝気の異常な上衝の結果と考えられます 。
2.2. 思(おもい)と脾(ひ):運化機能の低下
考えごとや思い悩み、憂鬱な気分が長く続くと、脾(ひ)が弱ってきます 。
- 脾の機能: 脾には、飲食物の消化・吸収を進める運化機能(うんかきのう)があります 。
- 病理: 脾が弱まると運化機能が低下し、飲食物の消化・吸収がうまくいかなくなります 。
- 症状: これにより、胃や小腸にも異常がおこり、食欲不振、消化不良、腹部膨満感といった消化器系の症状が現れます 。
2.3. 恐・驚(おそれ・おどろき)と腎(じん):気の下降と失禁
強い恐怖(恐)や激しい驚き(驚)は、腎(じん)を傷つけます 。
- 腎の機能: 腎は生命の根源である精を貯蔵し、腎気(じんき)を体内に収めておく働き(納気機能)を持っています 。
- 病理: 腎が傷つくと腎気を収めておくことができなくなり、気が下がると考えられます 。
- 症状: 恐ろしい体験をしたときに、尿や便の排泄を制御できず失禁や失便をしてしまうのは、腎気の下降に伴って尿や便も一緒に降りてしまったためと説明されます 。
3. 七情によるその他の病理現象
七情の異常な影響は、情緒的な側面だけでなく、身体の物理的な変調としても現れます。
- 長期の小さなストレス: 毎日繰り返される小さなことばのいじめのようなストレス(七情の長期化)でも、体が調節できる範囲を超えると、円形脱毛症になったり、胃潰瘍ができるなど、物理的な病態を引き起こすことがあります 。
- 悲・憂と肺: (補足的な知識として)悲しみや憂鬱は肺と関わり、肺の気の巡りを滞らせ、呼吸器系の不調や気力の低下につながると考えられます。
- 喜と心: (補足的な知識として)喜びは心と関わりますが、喜びすぎると気が緩みすぎて収拾がつかなくなり、精神的な異常をきたすことがあります。
まとめ
七情が病因となるメカニズムは、単なるストレス理論ではなく、感情の過剰な動きが各臓腑の「気」の運行を乱し、その結果として各臓腑固有の機能(疏泄、運化、納気など)が損傷されるという、心身一如の思想に基づいた体系的な病理学です。したがって、東洋医学では、感情のバランスを保ち、精神的な安定を図ることが、重要な疾病予防策の一つと位置づけられています。





















