東洋医学における診断の基盤である「四診(望・聞・問・切)」の中でも、その核心をなす「切診(せっしん)」について解説いたします。切診とは、術者が患者の身体に直接触れ、そこから得られる触覚的情報を分析して病理状態を推察する、極めて高度な臨床技術です。この手法は大きく「脈診」と「按診(腹診)」の二つに大別されます。
1. 脈診:寸口脈による臓腑機能の探求
脈診は単に脈拍数を測定する行為ではありません。東洋医学では、手首の橈骨動脈付近にある「寸口(すんこう)」という部位を用い、そこを手首に近い方から順に「寸・関・尺」の三部に分けて触知します 。
- 脈診の作法: 患者は仰臥位または座位で、心臓と腕の高さをほぼ平行に保ち、手のひらを上に向けて腕を伸ばします 。術者は中指を「関」に置き、次いで人差し指を「寸」、薬指を「尺」に添え、指先を揃えて弓形に弯曲させ、指の腹で繊細な波動を感じ取ります 。
- 脈象の診断的意義: 脈診によって得られる「脈象(みゃくしょう)」は、脈の深さ、リズム、強さ、波形を総合したものです 。ここから、病気の原因の所在、正気(生命力)と邪気(病因)の抗争状況、さらには陰陽のバランスまでを読み解きます 。
- 臓腑との相関性: 左右の寸・関・尺は、それぞれ特定の臓腑と対応しています 。
| 部位 | 左手 | 右手 |
| 寸(すん) | 心(しん) | 肺(はい) |
| 関(かん) | 肝(かん) | 脾(ひ) |
| 尺(しゃく) | 腎(じん)、下焦 | 腎(じん)、下焦 |
- 例えば、ストレスにより肝の機能が失調すると、左手の「関」に特徴的な脈が現れるなど、身体の局所的な異常を全身的な臓腑の変調として捉えることができます。
病脈の分類: 健康な状態の「平脈」に対し、病的な状態を「病脈」と呼びます 。浮沈(深さ)、遅数(速さ)、強弱、形状という4つの指標に基づき28種類の病脈が定義されており、その中でも「八祖脈(浮・沈・遅・数・虚・実・滑・渋)」が診断の基礎を成しています 。
2. 腹診:身体構造と内臓病理の触診
按診、特に日本で独自に発達・重要視されてきた「腹診(ふくしん)」は、慢性の疾患や全身状態の把握において非常に優れた診断力を発揮します 。
- 腹診の作法: 患者を仰臥位にし、膝を伸ばした状態で腹部に触れます 。西洋医学の腹診が膝を曲げて腹壁を弛緩させるのに対し、東洋医学ではあえて腹部を適度に緊張させた状態で、筋肉の弾力、抵抗、張り、あるいは拍動を観察することで、隠れた病理を浮き彫りにします 。
- 主要な診断徴候:
- 胸脇苦満(きょうきょうくまん): 肋骨下からみぞおちにかけての抵抗や痛み。肝胆疾患やストレスの指標となります 。
- 心下痞硬(しんかひこう): みぞおちのつかえや抵抗感。消化器系疾患の頻出所見です 。
- 胃内停水(いないていすい): 胃部を叩いた際に生じる水音。水分代謝の異常を示唆します 。
- 瘀血(おけつ)の徴候: 「小腹硬満(下腹部の抵抗)」や「少腹急結(左下腹部の激痛)」などは、血の停滞を意味し、婦人科疾患などで重視されます 。
- 腎虚(じんきょ)の徴候: 「小腹不仁(下腹部の無抵抗・へこみ)」は、腎精の不足を示す徴候です 。
まとめ
切診は、術者の指先を通じた患者の身体との対話です。脈診が気血の動態という「機能的な時間軸」を読み解くのに対し、腹診は組織の緊張や形態変化という「構造的な空間軸」を把握するものです。これら二つの側面から患者の身体にアプローチすることで、西洋医学的な検査データだけでは見落とされがちな、個体ごとの微妙な身体の偏りや病態の予兆を診断することが可能となります。






















