東洋医学において、肝は単なる解剖学的な臓器としての肝臓の働きに留まらず、生体の生命活動を円滑に保つための極めて重要な機能を担う五臓の一つです。その中心的な機能は疏泄と蔵血の二つであり、これらの機能が失調することで、身体的、精神的、感情的な広範な症状が現れます。
1. 疏泄機能の失調:気の流れの滞りとその影響
疏泄とは、気の流れを調整し、全身の活動をスムーズに行うための機能です。気がスムーズに流れることで、生命活動の根本となる血や津液といった他の物質の流れも保たれます。
気・血・津液の滞り
- 気の滞り: 肝が変調し、疏泄機能が低下すると、気の流れが滞ります。これは、血や津液の流れの停滞にも直結します。
- 血の滞り(瘀血): 血の流れが停滞すると、血がドロドロになり「瘀血」が生じます。瘀血は特に女性において、生理不順や月経痛などの婦人科系の症状を引き起こしやすいとされます。
- 津液の滞り(水湿、湿、痰): 津液が滞り汚れた水は「水湿」と呼ばれます。サラサラとした水湿は湿、ドロドロとした水湿は痰となり、これらは咳や痰が絡むといった呼吸器系の症状を引き起こしやすくなります。
精神・情動面への影響
疏泄は感情の調節にも深く関わっており、その不調は気持ちの乱れに直結します。
- 疏泄機能の低下: 機能が不十分になると、気持ちが落ち込み、抑うつ感や不安感が強くなります。
- 疏泄機能の亢進: 機能が過剰になると、イライラし、周囲に当たり散らす状態になりやすいです。肝は怒りの感情と強く結びついており、ひどく怒ることで疏泄が過剰に機能することがあると考えられています。
他の臓腑への影響
疏泄はストレスに非常に弱いとされ、機能がうまく働かないと、肝だけでなく脾や胃にも影響を及ぼします。
- 胃への影響: 緊張による胃痛は、疏泄の不調が胃に伝わった結果と考えられます。
- 脾への影響: 下痢は、不調が脾に伝わった結果と考えられます。
- 重症化: ストレスによる疏泄異常が改善されないと、胃・十二指腸潰瘍を引き起こす可能性もあります。
2. 蔵血機能の失調:血の貯蔵と量の調節の異常
蔵血とは、血を貯蔵し、全身へ出ていく血の量を調節する機能です。この機能の変調は、血の不足または過剰という形で現れます。
血の不足(肝血虚)
蔵血機能の失調により血が不足すると、栄養が行き渡らない器官や組織が出てきます。
- 筋・爪への影響: 肝は筋(腱・靭帯・筋膜)と爪に強い関わりを持ちます。筋は肝の血から栄養を得ているため、血が不足するとしびれやふるえが現れたり、筋が弱ることでけがをしやすくなります。爪にも変形、すじ、変色といった異常が出やすくなります。
- 目への影響: 目を酷使すると肝の血を多く使うため、血が不足すると目に栄養が回せず、目がかすむ、視力が落ちるといった症状が現れます。眼精疲労は肝の変調が原因であることも少なくありません。
血の過剰(出血傾向)
血を貯蔵できなくなると、肝から血があふれて出血しやすくなります。
- 症状: 皮膚に赤い斑点(皮下出血)ができたり、女性では月経が長引く、経血量が増えるといった症状が現れます。血の流れが過剰になると吐血することもあります。
3. 肝と胆の関係:謀慮と決断
肝の気が集まったものが胆汁となり、胆汁は胆にためられた後、小腸に分泌されて消化を助けます。そのため、肝の調子が悪くなると胆汁の分泌にも異常がおこります。
さらに、胆と肝は意識活動に強く影響するとされ、「肝は謀慮をつかさどる」、「胆は決断をつかさどる」といわれます。肝が物事を考え、胆が決断を下すという役割分担があり、胆が弱ると決断力が乏しくなると考えられています。
このように、東洋医学でいう肝の変調は、気の調整、血の貯蔵・調節、感情のコントロール、さらには筋・爪・目といった末梢器官の機能に至るまで、全身に波及する非常に複雑な病態像を示すのです。





















